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イベント

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木村業躰先生によるセミナー

日本では桜の花が満開を迎える頃に、チェコでセミナーが開催されました。

裏千家ロンドン支部から来られた木村先生によるお稽古は、1週間にわたりました。413日から17日にかけて、総勢20名のチェコ人と日本人が、初級から上級までの色々な点前をしました。普段あまりする機会のない灰形や炭点前を学び、セミナーは非常に興味深いものとなり、茶の湯の歴史や茶道具に使われる素材や形についても造詣を深めました。我々はこの5日間で多くの新しいことを学ぶことができ、今後の勉強会も非常に楽しみにしています。


Izumi Soko Masakazu Dies

伊住宗晃(政和)氏 逝去

坐忘斎千宗室氏の弟で、今日庵副理事長を務められました伊住宗晃氏(擔泉斎月澗宗晃居士)が200322日の朝、44歳の若さで逝去されました。


葬儀は212日に京都の大徳寺で行われました。福富雪底老大師が大導師を務め、政財界人や各界の文化人、裏千家同門社中らおよそ6000人の弔問客が参列し、故人に最後のお別れを告げました。

鵬雲斎大宗匠とお家元により茶湯の儀が行われ、故人の遺影の前に一碗のお茶を捧げられました。

京都市長やその他京都市を代表する方々、小泉純一郎総理大臣(当時)、そして日本放送協会会長の海老沢勝二氏らが哀悼の意を述べられ、僧侶たちが読経し、弔問客は故人の遺影に花を供え冥福を祈りました。最後に家元が、足を運んでくださった弔問客の方々に御礼の言葉を述べられました。

坐忘斎 16代裏千家家元に就任

2002108日に京都の茶道会館で行われた記者会見で、鵬雲斎は息子である坐忘斎千宗室を16代目の家元に任命しました。これにより今日庵の理事長も引き継ぎ、16代目千宗室の名前を受け継ぎました。これに関連して、鵬雲斎は千玄室の名前を受けました。


新しい家元は20021222日に今日庵にて選任されました。宣誓式は、茶の湯の開祖である千利休に捧げた、利休御祖堂と呼ばれる部屋で行われました。

選任式は朝から行われ、坐忘斎は仏壇の前でお茶を点て、利休の像の前に捧げました。式には鵬雲斎玄室、奥様の容子様とお子様たち、伊住宗晃氏とその奥様、表千家の家元である千宗左氏、武者小路千家の家元である千宗守氏が出席されました。

その他の千家関係者と業躰先生方は11代玄々斎が建てられた咄々斎に座られました。菩提寺である大徳寺の聚光院に坐忘斎を招き、坐忘斎は利休の像の前で、伝統を継承し繁栄させることを誓いました。出席者は咄々斎で新しい家元になられた坐忘斎の点てられたお茶を頂きました。

紀宮清子様への茶会

在チェコ日本大使館とスロヴァキアの文化省の協力により、裏千家淡交会チェコ協会のメンバーは、海外ではじめてのお茶会を開きました。200110月、「スロヴァキアにおける日本文化週間」の中で、ブラチスラバのアレナ劇場において、主にスロヴァキアの方々に向けて日本の茶会を披露しました。


「日本文化週間」は紀宮清子様を尊び行われました。会長のユリア・ホニショヴァーがこの機会のために新しく作った部屋で紀宮様にお茶を差し上げ、お茶会にはスロヴァキア政府要人や100名以上のお客様が訪れました。日本大使の石田寛人氏に開週の言葉を賜り、茶会の後ゲストが清子様とお話をする機会をもつ歓迎会が開かれました。

翌日、西川勝教授の下お稽古に励んでいるチェコの生徒たちが、300人以上のお客様にお菓子とお茶を差し上げました。


Ceremonial inauguration of Urasenke Czech branch

裏千家淡交会チェコ協会 発足記念式

於:ホテルヤルタ、2000330

裏千家淡交会チェコ協会の発足を記念して、チェコ日本インスピレーション2000が始まりました。プラハのムーステクにあるチェコ日本友好協会の一室にお茶室を設営するのに、長い時間がかかりましたが、お稽古はもっと前からはじまっていました。毎週木曜日に、ビルの一角をお茶室代わりに、電動ドリルは茶筅にかわり、おがくずでいっぱいの床は掃き清めた後、畳を敷き詰めました。発足記念式で、西川宗篤教授はこのような状況を説明されました。ヨーロッパの裏千家の支部がお茶室を作るとき、日本でできあがったものオーダーし、ばらばらにしたパーツをヨーロッパに送ってもらっていました。プラハでは、日本にオーダーせず、木材等の素材もチェコ国内のものを使い、チェコ人達の手によって作られ、専門的な部分は日本人が手伝いました。プラハに新しく出来上がったお茶室はチェコと日本のインスピレーションの結果と言えるでしょう。


ホテルヤルタでのレセプションが、当時の大統領夫人であるダグマル・ハヴロヴァーさんの後援の下、公式のdecretsにより裏千家淡交会チェコ協会の公式な活動の始まりとなりました。西川教授の他には、この特別な機会にとてもおいしいお酒を提供してくださった、在チェコ日本大使の石田寛人氏も演説してくださいました。裏千家淡交会チェコ協会の会長に就任したユリエ・ホニショヴァーも短い演説を添えました。


お茶の祭典

お茶を差し上げること以外に裏千家淡交会チェコ協会を活動させる方法はありません。41日、ムーステクの新しいお茶室は初めてのお客様を迎えました。お茶会はチェコ・クリスチャン・アカデミー会長のトマーシュ・ハリック教授、在チェコ日本大使石田寛人氏とその奥様、その他の方々のために開かれました。翌日、月曜茶会が公に催されました。


次の週には、いけばなの魅力やお茶の講義、茶室の掛け軸についてなど、お茶に関する多くのイベントが開催されました。

ダグマル・ハヴロヴァーさん 日本訪問

1999年、前チェコ大統領夫人であるダグマル・ハヴロヴァーさんが日本を訪れ、ハヴロヴァーさんと紀宮様の後援で行われた、チェコ文化フェスティバルに参加されました。この時、日本チェコ、チェコ日本友好協会の代表が、美智子皇后が翻訳され大宗匠がお世話されたFirst time in the mountainsを手渡されました。

10月24日、ハヴロヴァーさんは京都の今日庵を訪れお茶を頂かれ、茶会の後に食事会が催されました。食事会では旬の河豚が供されました。


大宗匠は日本料理の興味深い特徴だけでなく、オリンピックでの走り幅跳びの経験や、様々な種類の飛行機に乗った経験などを話されました。


15代千宗室お家元、チェコスロヴァキア訪問

1991年、15代千宗室お家元は、4日間の予定でお茶会開催のためにチェコスロヴァキアを訪れました。


624日、お家元は、プラハ城のヴァーツラフ・ハヴェル大統領(当時)のオフィスを訪れました。訪問の後、プラハ城内の黄金の間にて、ハヴェル大統領とオリンピックゴールドメダリストのヴェラ・チャスラーフスカーさんにお茶を差し上げました。


625日、フラットシュテイン宮殿の騎士の間においてお茶会が開かれ、文化省のミラン・ウーデ氏が招かれました。お家元は騎乗での伝統的なお茶の点前について演説され、それと同時にハヴェル大統領にお茶を差し上げる機会を持てたことに、感謝の意を表されました。


最終日の26日、旧市街広場の聖ニコラス教会で世界平和の祈りを捧げ、今回の訪問は終わりました。その後、すべてのイベントは騎士の間において一般の方々も参加して続けられました。チェコ日本協会会長(当時)のカレル・フィアラ氏が、お家元と社中一同のプレゼンテーションを通訳しました。